ART&CULTURE / 2020.11.30

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黒田征太郎とパルコとライブペイティング

黒田征太郎とパルコとライブペイティング

11月17日、心斎橋PARCOグランドオープンに先駆けて、「黒田征太郎×PARCO ライブペイント&アートウォールプロジェクト Re:BIRTH!」が開催されました。会場には、約32年前の渋谷PARCOで、黒田征太郎さん自身が描いたポスターを並べたアートウォールが登場。過去の絵の上から描き続けた、約1時間のライブペインティングの様子をお届けします。

  • Photo
    Shinnosuke Yoshimori
  • Edit & Text
    RCKT/Rocket Company*

直前に急逝したエレクトリックトランペッター近藤等則さんの音楽と、32年前の自身の筆跡と、赤・青・黄と手のひらを激しい色で染め続けながら描く81歳の黒田征太郎さん。11月17日に行われたライブペインティングは、時間と場所を超えて、たくさんの想いが交錯するコラボレーションになりました。
事の起こりは、パルコの倉庫で見つかった約200枚のポスター。黒田征太郎さんが描いたこのポスターは、1987年12月から翌年1月にかけて渋谷PARCOで開催された、『黒田征太郎 成人式を迎えた人へのメッセージ ~1,000枚ポスター手描きプロジェクト~』のために用意されたものでした。約32年間、眠っていたポスターが今回、心斎橋PARCOで再び日の目を見ることに。200枚のうちの約40点を心斎橋PARCOに展示し、1988年の手描きプロジェクトと同じように、展示しているポスター群の上から再度ライブペイント。完成した作品は、恒常的に心斎橋PARCOに展示されます。

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黒田征太郎

黒田征太郎

1939年大阪・道頓堀生まれ。終戦翌年、父が病死、家の男になる。高校を1年で退学し、米軍の揚陸船に乗り込む。18ヶ月後、船を降り、陸にて漂流生活が続く。23歳で印刷業務に憧れ、早川良雄デザイン事務所に漂着。入所を許されていないにもかかわらず、早川のもとに居座り続ける。そこで、長友啓典と出会う。29歳で渡米、肉体労働などをしながら絵のようなものを書きながら各地を放浪する。1年でビザが切れ、帰国して長友啓典と共にデザイン事務所「K2」を設立し、日本のグラフィックシーンを席巻する。 同時に、野坂昭如、原田芳雄、松田優作、美空ひばりほか、作家、ミュージシャン、演劇人などとの交流を展開する。また、1995年の阪神・淡路大震災で被災した神戸には仮設商店の看板作製など、その後も継続的に、被災地に赴いて絵でできる活動を続けている。反戦活動も国内海外問わず、81歳の現在もその手は止まらず精力的に制作を続けている。

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